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一覧介護予防の課題と「地域づくり」を目指す社会理論【第2回】―健康と地域づくりのための社会参加―
関本 克良(せきもと かつよし) 天理大学総合教育研究センター 准教授
1.社会参加から「健康」をみる
厚生労働省のホームページに「これからの介護予防」という資料がある。資料によると「これまでの介護予防の問題点 」として以下の3つが挙げられている。
(1) 介護予防の手法が、心身機能を改善することを目的とした機能回復訓練に偏りがちであった。
(2) 介護予防終了後の活動的な状態を維持するための多様な通いの場を創出することが必ずしも十分でなかった。
(3) 介護予防の利用者の多くは、機能回復を中心とした訓練の継続こそが有効だと理解し、また、介護予防の提供者の多くも、「活動」や「参加」に焦点をあててこなかった。
つまり、介護予防のために必要なこととして「活動」や「参加」への理解と、活動的な状態を維持するために地域社会に「多様な通いの場を創出する」ことが重要になっていることがわかる。「活動」や「参加」への理解というのは、下図にある「国際生活機能分類(ICF)」を踏まえた健康状態の捉え方を示している。
厚生労働省「これからの介護予防」2頁。厚生労働省ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000075982.pdf(2019年5月5日検索)
同上、3頁を参考に筆者作成。
かつて世界保健機構(WHO)が採用していた人間の健康状態を評価する基準である国際疾病分類(ICD:疾病Disease)を、2001年から国際生活機能分類(ICF:機能Functioning)に変えた。変更のポイントは、人間の健康状態を「疾病(~できない、~していない)」から見るのではなく「機能(~できる、~している)」から、前向きかつ建設的に把握しようという試みである。そしてICFは、人間の健康状態にとって経済的、文化的、社会的な生活への「参加(社会参加)」が重要であるという理念をもつ。
逆から言えば、心身機能の欠陥・喪失からのみでその人の健康状態を評価することを否定する。例えば、要介護5で全介助が必要であっても、車椅子を使って地域の行事に参加し、交流会の場で挨拶することは十分に社会参加を達成しており「心身機能」に制約があっても「参加」の面では優れて健康状態であることを意味するのだ。工夫することで「活動」も「参加」も達成可能であるのに「心身機能」の疾患や環境的個人的制約を理由に社会参加を断念することがないように指導する理念でもある。また、心身機能に制約がなくても、家に閉じこもって誰とも交流しない状態は健康とは言えないのである。
ICFでは、ある人が「健康」であるかを評価する基準として、心身機能の状態よりも社会生活への参加の度合いに重点があると考える。学問的に重要な点は、人間とは個人的に生活すると同時に、社会的で集団的に生活する存在でもある、という人間存在の在り方を問う哲学を含んでいる点だ。人間が「個人的かつ社会的な存在」であるということは、人間の健康にとって心身機能の回復だけでなく、社会参加の機会を提供する「地域づくり」が如何に重要であるかを表している。
この「参加(社会参加)」という健康状態の評価基準は、「人間の在り方」そのものを問い直す機会を与えるだろう。この点は極めて哲学的な側面をもつ。そしてこの「人間存在の問い」は「在るべき人間像=健康な人間像」に繋がり、更には「在るべき社会像=健康な地域社会像」を規定する根本命題でもある。本稿が目指す「地域づくり」の社会理論には、歴史・哲学などの人文科学と法・政治経済などの社会科学の越境という学際的視点が不可欠であると考えている。
2.社会参加とエンパワーメント(潜在能力アプローチ)
人間の健康のためには社会参加が必要であることを述べた。人が健康を維持することがつまり介護予防であるため、介護予防にとって最も必要なことの一つが、日常生活の場(地域社会)に社会参加の機会を創出し、住民に参加の機会を提供することである。そしてこれがつまり「地域づくり」に他ならない。では、社会参加とは人間にとってどういう意味をもつのか。
人間の貧困問題を考える経済学の一部門としての開発論(Development)では、人間の健康、教育、所得を基本とする潜在能力を最大限に発揮させる理論を人間開発論(Human Development)として研究してきた。開発論から派生した用語が参加(Participation)、持続可能性(Sustainability)、人間の安全保障(Human security)など、何れも社会科学領域の重要概念であることから、根幹にある理論として開発論への理解が求められている。
国連開発計画(UNDP)を中心に研究が進んできた開発論は、同じ国連の専門機関である世界保健機構の健康概念にも影響を与えており、人間の健康面での潜在能力の発揮(Empowerment)のためには経済的社会的生活への「参加」が重要であるという2001年に提唱されたICFの概念につながっている。この理論の根底には1998年にノーベル経済学賞を受賞したインドの経済学者アマルティア・センが主張した潜在能力アプローチ(capability approach)が通底している。
筆者は2000年から2005年にかけて神戸大学大学院国際協力研究科で開発論を研究した。この頃は、人間の安全保障、参加型開発、持続可能な発展などの新しい理論が続々発表された時期であった。当時、世界銀行が開発との関係で主張した「参加型開発」は、地域住民が自分たちの生活に影響を与えるような決定に参加し、意思を表明して影響力と交渉力を高めること(エンパワーメント)を目的としていた。つまり社会参加とは自分と関係する社会的決定への参画であり、こうした社会的役割と社会的責任を担う過程への参加こそが潜在能力の発揮であり、エンパワーメントに繋がると考える。
3.「地域づくり」のための社会参加
前述の通り、社会参加とは自分が属している地域社会に関する決定に参加していく過程であることから、言い換えれば社会参加の過程とは「地域づくり」への参加でもある。「地域づくり」を開発論から見れば、それは地域に住む人々の潜在能力の発揮であり、社会的な開発論(社会開発)の一部門(地域開発)としての研究成果が活用可能である。
ここでは参加型開発論を参考に「地域づくり」を目指す社会参加の過程について考えてみる。社会参加には参加の度合いに応じて様々な段階があるが、参加型開発論では以下のようにいくつかの段階に分けて考える。
「地域づくり」のための社会参加の6段階
第1段階 集会・活動に関する情報を受け取る。
第2段階 集会・活動に参加し、活動の内容について意見を聞かれる。
第3段階 集会・活動に参加し、活動の内容について自分の意見を述べる。
第4段階 集会・活動の内容を決める意思決定に参加する。
第5段階 集会・活動に主体的に参加し、金銭的・時間的な負担を負う。
第6段階 集会・活動の運営に主体的に参加し、責任を分担する。
(参加型開発論を参考に筆者作成)
上記の通り、社会参加とは最初は情報を受け取ることから始まり、初期段階では活動に参加する一参加者であったものが、参加の度合いが深まる中で活動自体の運営や意思決定に参加するようになり、最終的には活動の責任者に加わるという流れになる。社会参加の目的は「参加」そのものではない。社会参加を通して、社会的決定や活動の運営に主体的に関わることで、社会的役割と責任を分担していくことが最終的な目的なのである。
健康的な人間生活に必要な社会参加と、それを促す「地域づくり」は、個人的健康の達成と健康的な地域社会を作り上げていく社会理論である。