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レアメタルはレアではない【第4回】~常識を問い直しましょう~

川添 良幸(かわぞえ よしゆき) 東北大学 未来科学技術共同研究センター

 生まれてこの方、学習、経験によって常識は形成される。本質的に間違っていても生活には困らないため、実はとんでもない誤解をしていることもある。教科書問題は歴史だけではない。数学、理科、その他、何にでも沢山ある。
「将来の日本を担い、ノーベル賞受賞者となる若手研究者を育てるには、単なる改良型の教育・研究ではいけない」と言うのは川添良幸教授。科学の本質に迫るシリーズ連載。

第4回:レアメタルはレアではない

 パソコンのCPUはアメリカのインテル社製でソフトはマイクロソフト製になってしまいました。パソコンの心臓部分ですのでインテルだけが目立ちますが、蓋を開けてみれば、それ以外はほぼ日本製の部品です。自動車はエンジンからナビソフトまで完全に日本製です。スマホのメーカーがファーウェイやサムスン(それとアップルとは言っても中国製)になっても、その製造装置は主に日本製ですし、部品も日本製が沢山使われています(特にカメラや水晶発振器はほぼ完全に日本製です)。ところが、こういう日本製部品の元の原料は、ほぼ輸入品です。特にレアメタルは中国やロシア産が主体となっていることは良く知られています。
 
 10年程前に、薄型テレビが爆発的に売れ始め、その液晶ディスプレイに使われるITO(酸化インジウムスズ、透明導電膜)の原料であるレアメタルの一種のインジウム価格が高騰しました。10倍にもなれば、企業活動が成り立たなくなってしまいます。そこで、我々はインジウムを削減しても同等の性能を持つ透明で伝導性のある薄膜を探索しました(経済産業省の「希少金属代替材料開発プロジェクト」の一環)。さらに、製造装置内に蓄積するインジウムを再利用することになったのです。(実は、廃棄される液晶ディスプレイからの再取り出しは微少過ぎて意味がありません。)この再利用は革命を生みました。何と今では日本がインジウムの世界一の産出国(?)になり、インジウムの価格が暴落して元に戻ったのです。この経過を図1に示します。レアメタルではこういう高騰・急落が多くあり、投機に向くと言う人もいますが、本稿で述べる理由も含め、これで儲けることは極めて難しいと思われます。
 
 さて、レアメタルは日本独特の用語なのです(ナイターとかと同じ和製英語、経済産業省が47元素に対して用いる。実に周期律表の半分はレアと呼ばれるのです!)。世界的には鉄の様に豊富に採れ、工業材料に大量に使われているメジャーメタル、ないしはコモンメタルとも呼ばれる鉄、銅、亜鉛、アルミニウム等、及び金や銀等の貴金属と、マイナーメタル(メジャーメタルに機能性発現等のために付加的要素として添加される)という分類が一般的で、レアメタルという用語はレアアース(希土類元素)と同義に使われます。希土類元素は磁石に使われるネオジムや研磨など用のセリウム等の17種類で、本当にレアです。
  
 さて、問題のレアメタルはめったにないのか?というと、そうではありません。採掘可能性がある地表近くに存在する元素の順位と存在比率はクラーク数等で表現れますが、レアメタルに分類されるチタンは10番(0.46%)、マンガンは12番(0.09%)で、決して珍しい訳ではないのです。レアの意味は、存在量だけではなく、利用出来る状態まで鉱石から抽出することが困難なことも含めてのことなのです(つまり、どれだけ精錬法を研究したかに依ります。例えば、チタンの精錬法が進展すれば、アルミニウムを代替出来る可能性があります)。
 
 では、日本にはレアメタルは存在しないから、中国やロシアから輸入しているのでしょうか?実は、クラーク数どころか、火山国日本ではマグマから大量の金属元素が上がって来ていて、多くの鉱床も知られています。それを使わない理由は、時刻が環境汚染しないことを優先し、より安く入手出来る国を使っただけなのです。中国やロシアの国土は広く、余り環境問題を重視していなかったため、そこに依存することになったのです。
 
 日本は決して資源小国ではありません。黄金の国ジパングは今も健在です。私は秋田の「山師」と一緒に金山探しをしたことがあります。ただ今時は目に見える様な状態の金はなく、5ppmを超えれば商売になるというレベルですから、多数回のボーリングで探索せざるを得ません。鹿児島県の菱刈鉱山はそれを敢行して見出され、世界有数の鉱山として知られています(1985年以来既に240トン以上算出。これは佐渡金山の総産出量80トンの3倍!)。
 
 さて、最近、我が国のプラスチック処理を委託した国がちゃんと処理せずに海に捨て、それが巡り巡って日本に漂着したり、マイクロプラスチック問題を引き起こして大問題になっています。レメタルも同様で、安く手に入るからと言って発展途上国等に依存し過ぎてはいけません。
 
 貴金属というのは、他の元素とは混ざらないで純粋に存在し、飾っておいても長年変化しないため、貴人に見立てられました。砂金が良い例で、川の中にあり目で見てもきらきら光っています。その対語の卑金属は、腐食しやすい金属という意味で、昔は金と銀以外を指していました。化学的にはイオン化傾向が低い金属を貴金属(一般に8種類の元素=)、高い金属を卑金属(28種類)と分類します。銅もこの分類では卑金属ですが、そのため関税が安く設定されて工業的には利用し易くなっています。これを知っていれば、オリンピックでは金か銀メダルを取らないと元気が出ません。
 
 中国に行くと多くの人々が札束(最近ではお財布携帯)を手に握りしめ金に取り替えようと金ショップに集まっています。これは宝飾品どころか投機です。中国元は未だに中国人に信用されていないと思われます。(北京の私の友人は給料をアメリカドルでもらっています。)ところが日本では円は絶対で、わざわざ現物に変える必要性が感じられないのでしょう。日本では、金は宝飾品より遙かに多く半導体産業で使われています。上記の液晶ディスプレイからのインジウムの取り出しが採算に合わないのとは異なり、スマホや計算機のリサイクルでは金を取り出すことが出来ます。(もっとも、これとて日本では集めるだけで中国に輸出して取り出しているのが実情です。)これを都市鉱山と呼んでいます。
 
 リオデジャネイロ・パラリンピックでは、メダルの種類ごと異なる数のスチールの玉(金28、銀20、銅16個)を中に入れて視覚障害者にも音で分かる様にし、点字表記もしたのが有名になりましたが、今回の東京オリンピックのメダルは全てリサイクル金属で作られ、日本の技術力の高さと環境配慮を世界に伝えるための目玉の一つになります。我が国は金を宝飾品より工業材料に多用するたった一つの国でもあります。
 

図。インジウムの価格動向。液晶ディスプレイの需要で2~3年で10倍に跳ね上がりましたが、削減方策が功を奏して数年で元に戻っています。
 
 
 
 
参考文献

独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構『NEDOレポート 解説レアメタル』2016年、日刊工業新聞社

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川添 良幸(かわぞえ よしゆき) 東北大学 未来科学技術共同研究センター 昭和22年仙台生まれ、昭和50年東北大学大学院理学研究科博士課程原子核理学専攻を修了(理学博士)。東北大学教養部物理学科助手、同情報処理教育センター助教授、同金属材料研究所教授。定年後は未来科学技術共同研究センターで教授、現在はシリアリサーチ・フェロー。アジア計算材料学コンソーシアムACCMS創設。ナノ学会設立に貢献。現在、インド国SRM大学卓越教授、中国復旦大学顧問教授、ベトナムICTセンター長、民間企業3社顧問。