連載
一覧身近な話題:エネルギー問題【第6回】~常識を問い直しましょう~
川添 良幸(かわぞえ よしゆき) 東北大学 未来科学技術共同研究センター
「将来の日本を担い、ノーベル賞受賞者となる若手研究者を育てるには、単なる改良型の教育・研究ではいけない」と言うのは川添良幸教授。科学の本質に迫るシリーズ連載。
第6回:身近な話題:エネルギー問題
「常識を問い直しましょう- 勘違いの科学 -」という表題で5回連載させていただきました。今回の6回目が最終回なのですが、これまでは、私が学んだ宇宙とか電子とか、日常のスケールとは桁違いの世界というか、一般市民の方にはあまり身近ではない話題ばかりを取り上げてしまいました。そういう世界なら常識なんか通じず何でもありでは?というご意見もいただきました。では、我々の身のまわりに関する科学の常識には勘違いとか問題はないのでしょうか?いえいえそんなことはありません。日常においても、勘違いして常識と思い込んでいる科学の問題はいっぱいあります。「教科書問題」と言えば歴史が主ですが、実は理科の教科書も同様なのです。
台風の規模がどんどん大きくなり、今年は異常な暖冬で・・・とか・・地球温暖化問題は誰でも気にしています。この問題に関して良く観るのが「温暖化でアラスカの氷山が融けて巨大な破片が海にガラガラと落ちる」動画です。でも浮かんでいる氷山が融けてもアルキメデスの原理で海水との総量は変わらず、海水面は上がりません。これは「ゴアの嘘」と呼ばれています。本当のことを知っている人は多いのですが、未だに同様の動画が流れ、そうだと信じる人が多いのは不思議です。海面上昇の主たる原因は温度上昇による海水の膨張です。南極などの氷河が融けて海に流れ込むことによる影響はその半分位だと考えられています。
循環型社会構築と言えば、自然エネルギーによる電力供給の話題が中心ですが、人類が電気を使う様になってからたったの100年です。東日本大震災を経験した我々が実感したのは、電気はなくても生きられるが、水がないと命に関わるということでした。特に、日本は水に恵まれているため、その重要性を認識せず「湯水のように」使っています。しかし、爆発的な人口増大に伴い、世界的には既に水の争奪戦が始まっています。特に中国は乾燥地帯が多い上に人口が多く、さらに鉱工業が急激に進展しているため深刻な水不足になり、世界中から水を求め始めました。有名なのはインドとの水争いですし、私がバイカル湖に行った時に聞いた話ではバイカル湖の水は中国が買い占めています。シンガポールはほぼ全ての水をマレーシアから買っていますし、アフガニスタンで不慮の死を遂げた中村哲医師は「医療より水」と体を張り住民にきれいな水を提供するために懸命の努力をされました。未来への投資は現状の問題解決だけで済む話ではないのです。
発電自体の問題もこの意味では、「日本には資源がない」から、石炭や石油を輸入して発電し工業を興すというのですが、日本に石炭はなくなった訳ではありません。買った方が安いからそうしているのです。レアメタルさえ日本には大量にありますが、抽出のために環境破壊したくないので中国等から輸入しているのが現実です。どこにでも温泉が湧く国に鉱物資源がないということはあり得ません。我が国の工業発展は安定した電源に依存しています。停電は1年に1時間もありません(しかも変動幅5%以内)。新幹線は1分以内の定時運行を継続しています。こういう状況は不安定な自然エネルギーでは実現出来ません。全体の問題を確実に理解しないで特定電源の問題点だけを挙げるのは、象の足に触って象とは太い棒の様なものだというのと同じです。
私が学生の頃はフォークソングが流行りました。私は、その中でもPPM (Peter, Paul and Mary)のPuffという曲が好きで、今に至るまで50年以上聴いています。この曲は小学校の音楽の時間でも教わる様になったので、読者の中には、知っている方も多いと思います。「Puff the magic dragon lived by the sea…」と始まるのですが、曲が進むと実は立派な龍はJackie Paperという名前の子供のオモチャで、彼が大きくなり「One gray night it happened, Jackie Paper came no more」とガールフレンドの方に興味が移り、「Puff ceased his fearless roar」となります。我々が若い頃は鉄腕アトムに憧れ、夢のエネルギーの原子力によって世の中は明るくなると信じ切っていました。津波で破壊され廃炉作業がいつまで掛かるのかさえ不明な我が国の原子炉は、Puffの様に大人になった我々をじっと見ている気がします。夢破れて、次は何をすれば良いのか?エネルギー問題には、統合的な理解が必須です。再生可能エネルギー利用を促進するという理由での政府資金も原子力エネルギーと重なって見えます。「火を使えば火事になる」のです。肉を焼けば美味しく食べられると気づいた古代人。もっともっとエネルギーが欲しいと欲求を広げた人間。第二次世界大戦で究極の兵器である原子爆弾が作られ、実際に日本に投下され、一瞬にして10万人オーダーの一般市民が亡くなりました。戦後、その平和利用が進み、原子炉が建設されるようになりました。ノーベル賞は、元々工事現場を高効率化し危険な作業から人間を解放するための道具だったダイナマイトが戦争に使われるようになったことを悔やみ、発明者のノーベルがその富を提供して、科学技術促進のために創設されました。
最近、マスコミを賑わす人工知能やドローンは、元々は米軍兵士を死なせないために開発されたのです。しかし、それらは人間生活を潤す技術として大いに活用されています。科学には裏表はありません。何に使うかは使う側の問題です。ファイル交換の高効率化を分散処理を基盤とするpeer to peer (P2P)という技法を開発して実現したWinnyの著者の金子勇は、それが不法にビデオ等の著作物を交換するために使われたとして(著作権法違反幇助の疑いで)逮捕されました。無罪を勝ち取りましたが、その2年後、42歳という若さで急性心筋梗塞で死亡。凄いストレスだったのだと思います。P2Pは今のビットコインで使われているブロックチェーン(分散型台帳技術)の元技術です。(金子がサトシ・ナカモトという偽名で国家権力に立ち向かうために作ったという話もあるほどですが、もしそうだとしても、本人はもう亡くなってしまっているので、その莫大な利益を使うことはありません)。
電気自動車や水素自動車が走っている時に二酸化炭素を排出しないのは本当ですが、製造時に膨大なエネルギーを使います。それは価格がガソリン車よりざっと100万円高いことからも明らかです。(耐用年数の間にガソリンでこの100万円を浮かせることは極めて難しい。ということはトータルに環境に良いとは言えませんし、その時点で膨大な二酸化炭素を排出しています。水素自動車は700気圧のタンクを搭載しています。さらに貯蔵ステーションは850気圧。何せ10気圧以上の気体を保存・利用するには届出が必要な程危険なのです。我々は事故が起こっても急激に水素が出ないための貯蔵剤の研究をしていましたが、現状ではタンクの堅牢さのみが頼りです。これを絶対安全と言ったのでは、原子炉と同じことになります。東京に原子炉がないのと同様に、水素ステーションも街中には設置されていません。
ゴミ問題も重要です。仙台の場合には、「缶、瓶、ペットボトル、電池類」を同じ回収箱に入れて出すことになったのですが、昔、別々に出していたた時代の名残で、回収箱ごとにきちんと分類している場合が多いのです。これは極めて無駄な行為で、そんな時間があるならボランティア活動などに有意義に使うべきです。混ぜて出してくれという行政の真意は回収箱の数を減らせるからでしょうし、どのみち焼却炉に入れる時はごちゃ混ぜに1つのベルトコンベアに載せます。我が国では、リサイクルというカタカナ用語を意図的に使っています。例えば和製英語のサーマルリサイクル。これは燃やすという意味です。ゴミの60%は燃やしていて、焼却炉施設付属のプールに温水を提供することをリサイクルと呼ぶのです。ダイオキシン問題解決のために導入した新しい焼却炉は高温でほぼ何でも燃やせます。さらにゴミは自分自身が燃料になって燃え続けるのですが、水切りの悪い生ゴミが増えたりすると温度が下がります。すると、分けて出しているプラゴミをくべます。この実態は焼却炉施設を見学して実感して下さい。
新型コロナウィルス問題もそうですが、都合の悪いことを隠せば、とんでもない事態になりかねません。我々は物事を統合的に理解する方策を身に付け、正しい判断をする必要があります。政府やマスコミに踊らされていけません。最近の歴史の教科書は、「勝てば官軍」で時の政府が自分達に都合の良いことだけの記録を基本にすると極めて深刻な問題を起こすことを明示するようになりました。江戸時代に悪代官が農民をいじめて年貢を取り立てた、いうのがこれまでの時代劇。でも、これとて明治新政府が自分達が正しいことを示すため、江戸幕府の悪いところばかりを強調していたのが原因かも知れません。ただ、歴史問題は再現不能です。この6回で取り上げた科学・技術関係の問題は再現・検証可能です。私の記述にも間違いがあるかも知れません。読者の皆様は独自に調査し、より真実に近いことを見つけ出して下さい。
6回にわたってお読みいただき、本当にありがとうございました。