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韓国における元徴用工裁判と日本の対抗的措置【第2回】ー 一般国際法上の対抗措置とWTO

不破 茂(ふわ しげる) 愛媛大学 法文学部

韓国元徴用工裁判については、次の様な論点を指摘できる。①私人間の請求が日韓請求権協定に含まれるか、②韓国向け輸出規制の厳格化がWTOに違反しないか、③韓国内における強制執行に対して、どのような対抗的措置が可能か、及び④元徴用工が日本で提訴した場合の法適用など、国際法及び国内法上の問題が複雑に絡み合う。これら論点に関する国際法と国内法について解説するシリーズ連載。

 前回は、韓国内における強制執行に対して、どのような対抗的措置が可能かという観点から、対抗立法の可能性について検討した。今回は、現在実施されている日本の輸出規制措置が、一般国際法上の対抗措置として可能ではないかという問題を検討することにする。同時に、日本の措置がWTO違反とされないか否か、及び韓国の措置の問題点を考える。
 

1.国際法違反に対する国際法違反による対抗

 わが国の政府は日韓請求権協定の遵守の問題と安全保障上の懸念に基づく輸出規制の問題とは次元の異なる問題であるとしている。他方、韓国も、強制徴用の犠牲者からの個人請求という歴史認識の問題を次元の異なる輸出規制で応戦したとして、非難している。しかし、そもそも相手国の国際法違反に対して次元の異なる経済規制で対抗することが不可能なのであろうか。
 
 国際法違反に対する国際法違反による対抗が、国際法において伝統的に肯定されているのである。これを対抗措置(復仇)と呼ぶ。国際法上、「報復」がこれと区別される。後者は、非友好的であるとしても必ずしも国際法違反とは言えないような国家の行為である(*ⅰ)。かつて武力行使や武力を用いた威嚇も、相手国の国際法違反にする復仇として認められたのであるが、現代の国際法では、国際紛争を解決するために武力を用いることが禁じられている(国連憲章第2条第3項及び第4項)。従って、今日、残された対抗措置としては、経済的規制措置が有力な方途である。
 
 経済紛争に対して経済的規制措置による対抗がなされるのみならず、一般的に 国際法違反に対する対抗措置として認められる余地がある(*ⅱ)。最近も、アメリカは、イランが2015年の核合意を誠実に履行していないと一方的に認定し、イラン産原油の全面的な輸入禁止という経済制裁を発動した。これに対して、イランも核合意上の義務を停止するという対抗措置に出たのである。少し遡るが、1996年のアメリカによるキューバ制裁に関するヘルムズ・バートン法や、同年のイラン・リビア制裁に関するダマト法が有名である。アメリカが自国の輸出管理法を不当に域外適用するものであり、国際法に反するとする批判が強いものの、経済紛争に限らず、経済制裁が対抗措置として用いられる例は確かにある。
 

2.米国の一方主義とWTOの紛争解決制度

 アメリカの悪名高いスーパー301条という通商法がある。1988年包括通商法により改正された1974年通商法の中に規定される一連の条項をそう呼ぶ。不公正貿易を行なっているとしてアメリカが指定する国に対して、経済制裁を可能とする法律である。アメリカ通商代表部(USTR)が調査し、一方的に不公正国として指定し、付加的関税を賦課したり、輸入制限ができるとするものである。なお、知的財産権を十分保護しない国に対しては、同じ通商法の別条に規定されるいわゆるスペシャル301条が用意されている。第二次世界大戦後、GATTが成立して以来、アメリカの自国中心主義のための道具として用いられてきた法律である。
 
 白黒テレビ、カラーテレビ、自動車、半導体。いずれもアメリカが開発し、市場を独占した後に、日本の主要輸出品となり、アメリカ市場を席巻した工業製品である。アメリカはこの間、国内産業を保護するために、国内通商法を駆使し、日本からの輸入を抑制した。殊に、1988年改正後のスーパー301条は強力で、同条に基づく高関税を脅しに用いて、日本が輸出自主規制を行うことがあった。日本の産業界にすれば、高関税によりアメリカ市場を失うよりも、輸出自主規制に応じる方が損失が少なくて済むからである。輸出国の民間企業が自主規制を行うのであるから、GATTの禁じるような国家の輸入制限には当たらないが、高関税や輸入制限の脅しを用いて、強引に輸出自主規制を引き出すものであるから、灰色措置と呼ばれた。
 
 GATTにも国家間の貿易紛争を解決するための紛争解決制度が存在する。しかし、アメリカは、相手国が国内通商法に違反している場合に、その法的効果として、輸入制限の制裁や損害賠償等の対象としたのである。また、アメリカの通商法はGATTの扱う分野よりも幅広い領域を対象としており、GATTを超える範囲で同様に国内法の手続きによっていた。多国間の枠組みであるGATTの紛争解決制度によらず、アメリカが自国通商法を用いる一方主義によっていたのである。
 
 アメリカの主張を認めて、GATTよりも広範囲の分野をWTOの対象範囲に組み入れ、アメリカ通商法の手続きをWTOの中に取り込んだのが、WTOの紛争解決制度である。アメリカの一方主義を封じ込める狙いがあった。他国がWTO違反措置を行なっているとする国がWTOに訴えると、WTOのパネル、上級委員会が審理し、報告書をWTOの全加盟国による紛争解決機関(DSB)に提出する。DSBはこれを採択し、違反に対する是正勧告を行う。WTOの審理等には国内事件と同様の厳密な時間的限定があり、DSBでは自動的にパネル・上級委員会の報告書が採択される。WTO違反の裁定がなされると、WTOは違反国が是正勧告を履行したかを監視し、履行期限内に是正勧告が実施されないと、被害国に対抗措置が認められる。対抗措置は、本来ならばWTOに違反するような輸入制限や関税措置を被害国に認めるものである。各国のWTO法の専門家であるパネル・上級委員会の構成員が、中立的な立場から、WTO諸協定を解釈、適用するのであり、かつ、二審制を取り、是正勧告の厳密な実施の仕組みを備えるので、国内的な司法手続きと極めて良く似ている画期的な国際紛争処理の制度である。これにより国際的な貿易紛争の解決が政治的ではなく、司法的解決に移行したとされる。WTOの下では、一方主義及び灰色措置を禁止する明文規定が存在する(紛争解決了解23条)。
 
 ところが、アメリカは、WTO成立後も、スーパー301条を廃止せず、存続させていた。そこで、ECがアメリカのこの法律自体がWTOに違反するとして、1998年にWTO提訴した。日本を含むその他の国も参加している。パネルは、スーパー301条を、表見的なWTO違反であるとしながら、アメリカがパネル審理において「WTOの紛争解決制度に整合的に法を運用する」と主張しているので、WTO適合的であるとした。スーパー301条の廃止を求めていないので、双方痛み分けの玉虫色の結論である。しかし、アメリカがこの約束を破ったら、WTO違反の問題を生じるとしている。
 
 トランプ大統領はこのような経緯も全く意に介さないようである。むしろ、WTO脱退も示唆しながら、WTO違反と目されるような強引な手法で、各国との貿易交渉を行なっている。日本やEUに対する鉄鋼・アルミの安全保障を理由とする輸入制限や、対韓国との自由貿易協定の見直しでは、韓国による輸出自主規制の余地を認めさせている。上級委員会委員の選任もアメリカが拒否を続けているので、上級員会が審理不能に陥る可能性が大きい。すると、たとえWTO提訴しても、第一審に当たるパネルで敗訴した国が上訴すると、案件が棚上げされざるを得ず、WTOの紛争解決機能が果たされなくなってしまう。
 
 最近注目されるのは、米中貿易戦争である。アメリカと中国が、世界の経済的覇権をかけて争っている。アメリカが中国製品に対して課している高関税は、アメリカがWTOで約束した関税率を遥かに上回る。仮に、中国が知財保護に関わるWTO上の義務に違反しているとしても、その違反認定と是正勧告はWTO協定を適用して、紛争解決機関が行わなければならないはずであるし、対抗措置としても、中国のWTO違反に均衡する範囲で、WTOによって認められる必要がある。中国の方も、これに対抗して、広範囲のアメリカ製品に対する報復関税を発動しつつ、WTO提訴を並行して行った。本来的には、これもWTOの手続きを待つ必要がある。両国とも、WTOなどもはや存在しないかのように行動している。
 

3.一般国際法上の対抗措置とWTO

 一般的な対抗措置に関する国際法として、2001年に、国連の国際法委員会により採択され、国連総会決議の附属書とされた「国家責任に関する条文」(以下、国家責任条文)が重要である。国際法に違反した国の国家責任についての国際的ルールを集約しようとするものである。他国の国際法違反に対する対抗措置が認められる場合があるとする点では一致しているものの、具体的にいかなる場合に国家責任条文に規定されている発動要件を充すかについては、国際法上、未解決の問題である。(*ⅲ)
 
 対抗措置が経済的規制の形を取る場合、貿易制限的効果を有するときに、これとWTOとの関係が問題となる。WTO諸協定違反に対する制裁としての経済規制の場合、WTOの紛争解決手続きを履践しない一方的な発動は、原則としてそれ自体がWTO協定違反とされよう(*参照、前掲植木論文22頁)。第二次世界大戦前、大恐慌後の国際社会において、報復関税の応酬が不況を長びかせ、経済紛争がやがて戦争に発展した教訓から、戦後、自由貿易主義を根本目的とするGATTが成立したことに鑑みれば一層である。重商主義に基づく一国中心主義と、普遍的価値に基づく国際主義の相克の下、後者にこそ重心を置くべきである。
 
 しかし、相手国がWTOの手続きを無視する場合、あるいは、WTOの枠内に収まりきらない経済的紛争に対して、WTOの枠外で、一般的対抗措置が可能か否か、可能としてもどのような要件の下に発動できるかは、自明ではない。
 

4.日韓請求権協定の違反に対する日本の輸出規制と、
  韓国の対抗的輸出規制

 新聞報道によると、日本の輸出規制措置に対するWTO提訴の際に、韓国の高官が、日本の措置は違法であるが、韓国のそれは違法ではないと述べたとされる。全く不可解である。韓国をホワイト国から除外し、上から二番目のランクに位置付けた日本の輸出規制と、韓国のそれが全く同じような国家措置であるのだから。
 
 韓国は、半導体材料三品目について、日本が韓国向け輸出をホワイト国から外したことを、WTO違反であるとしている。WTO上の最恵国待遇違反だとしているようである。最恵国待遇義務とは、GATT1条及び13条等に規定されている、WTO上の基本的義務である。WTO加盟国間でその産品の輸出入に際して差別してはならないという義務である。WTO加盟国であれば、どの国の産品に対しても同等の条件を与えなければならない。日本の措置は、日韓の歴史認識問題に端を発する政治的動機に基づくものであり、安全保障を擬制した非関税的障壁として韓国に対する差別的措置であり、最恵国待遇義務に違反していると、するのである。
 
 次のようにも考えられる。 日本は、韓国の裁判所が元徴用工に対する日本企業の損害賠償義務を認め、強制執行の前提としてその財産に対する差し押さえを行ない、韓国政府がこれを容認していることが、日韓請求権協定違反であるとしている。日本の政府は明言していないが、韓国をホワイト国から除外した日本の措置が、仮に、WTO違反であるとしても、一般国際法上の対抗措置として認められる余地がある。もっとも、一般国際法上の対抗措置とWTOの紛争解決制度の関係について、WTOの適用される経済的規制措置である限り、前者が全く排斥されるか、あるいは、その範囲内であっても、WTO上許容される一般的対抗措置が認められるか、諸説がある。WTOの埒外の国際法違反に対する対抗措置としての経済規制が、WTO上、どのように扱われるか、特に、パネル・上級委員会といったWTOのフォーラムにおいてどのような議論がなされるか予測できない。ここに示すのは、ほんの試論といった類である。
 
 逆に、日韓請求権協定において、元徴用工の個人請求権が含まれず、特に、精神的苦痛に対する請求が可能であるとすると、韓国の国内裁判は国際法違反に当たらない。従って、韓国の行為が国際法上も合法である以上、日本の一方的な認定に基づく対抗措置は根拠がないので、WTO違反を免れない。しかし、それでも、日本のWTO協定違反に対する対抗措置としての韓国の措置は、WTO紛争解決手続きを了する必要があるので、この点で、WTO協定違反を免れない。韓国の主張は、日本の輸出規制を起点にする点で、完全にWTOの枠内の問題に関するので WTOの紛争解決制度に従う必要があるからである。他方、日本の措置は、日韓請求権協定の違反を起点とするので、WTO協定の埒外の問題に対する。
 
 少し整理してみよう。まず、韓国の元徴用工裁判が国際法違反であるとすると、日本の措置がその対抗措置として、仮にWTO違反であるとしても、その違法性を免れる。反対に、韓国の国内裁判が日韓請求権協定に違反しないとすると、日本の輸出規制措置は、少なくとも対抗措置としては正当化されないので、WTO上、最恵国待遇義務違反を免れないとされる可能性がある。しかし、それでも、日本のWTO協定違反に対する対抗措置としての韓国の一方的措置はWTOの紛争解決制度に反する。
 
 政府の公式見解によると、日本の輸出規制に関する措置は、安全保障上の懸念に基づく輸出管理の問題であり、伝統的に国内問題とされてきたので、WTO違反の問題も生じないし、日韓請求権協定とは無関係であるとするようである。しかし、まず、輸出管理規制といっても、隠れた貿易制限と主張される場合、それだけで完全にWTOの規律を免れるというものではない。次に、安倍総理が何度も明言するように、日韓請求権協定という国同士の関係の根幹に位置する約束を破るなど、日韓の信頼関係が損なわれていることが、輸出管理規制の厳格化に通じているとされ、韓国をホワイト国に戻す前提として、元徴用工事件に対する善処を求めるなど、真の意図が公式見解と乖離しているようである。もっともこれも、前述したように、日韓請求権協定違反に対する一般国際法上の対抗措置と、WTO協定との関係が不透明であるので、戦略的見地からは、両者を切り離して、日本の措置それ自体として、WTO協定上の安全保障の例外(GATT21条)を持ち出した方が安全であるとは言えよう。GATT21条は、最恵国待遇の原則に対する例外則であり、安全保障上の必要性について、他の一般的例外条項に比べて相当広い裁量が認められるからである。
 
 私見は、日本の輸出規制厳格化措置を、韓国の日韓請求権協定違反に対する、一般国際法上の対抗措置として構成し得るのではないかというものである。三点ほど指摘しておかなければならない。まず、これは日韓請求権協定そのものの条約解釈として導き出される結論であり、日韓の歴史認識といった政治問題とは無関係である。次に、日韓請求権協定の解釈を巡る当事国間の紛争は、まず、協定に規定されている国際仲裁の方法による解決が目指されるべきである。日本のこの要求に対して、韓国が全く非協力的な態度に終始したことが、日本による対抗措置の条件となったことを強調しておかなければならない(*ⅳ)。従って、もしもこの問題に関する国際仲裁の手続きが開始された場合、輸出規制の厳格化措置を解除するべきである。最後に、WTOの枠外の問題に対する対抗措置であるとしても、そのための経済規制が野放図に認められるとするべきではない。WTOが反故にされかねない危険があるからである。この関係について、更に検討されねばならない。
 
 最後の問題について印象を述べておきたい。例えば、今回の日本の措置については、安全保障の例外における広い裁量範囲に入るものとして、WTO違反とならないとするなら、それはそもそも対抗措置とはならない。非友好的であるかもしれないが、国際法違反ではないからであり、前述した国際法上の意味での単なる報復として正当化される。これを対抗措置とするのは、立証の負担が相手国に加重されるなどのことが考えられないかと思うからである。通常であれば、WTO違反であるかもしれない場合でも、この観点からWTO違反の立証が困難となるとするのである。
 
 最恵国待遇違反にしても、韓国のWTO提訴には無理がある。日本の輸出管理上、韓国より一層手続きが厳格な国が多数あり、必ずしも貿易制限的であるとも考えられていないからである。しかし、韓国はパネルで負けたとしても、上訴するであろう。すると、先に述べたように、そのころには上級委員会の組成が危ぶまれる。従って、韓国が第一審で負けても、上訴すれば決着しないということになるので、韓国政府は、国内向け説明としては面子を保つことができそうである。このことを見越しているのではないかと、穿った見方をしたくなるほどである。

 
 
 
参考文献

ⅰ)植木俊哉「国際経済紛争における一般国際法上の「対抗措置」ー一般国際法の下でのWTO法の普遍性と自律性」 法学64巻3号・1頁、28頁(2000)。
ⅱ)参照、岩月直樹「伝統的復仇概念の法的基礎とその変容ー国際紛争処理過程における復仇の正当性ー」立教法学第67号23頁以下(2005)。)
ⅲ)国家責任条文について、浅田正彦「対イラン独自制裁と国際法上の対抗措置」国際商事法務44巻11号1688頁(2016)、岩月直樹「現代国際法における対抗措置の法的性質ー国際紛争処理の法構造に照らした対抗措置の正当性根拠と制度的機能に関する一考察」国際法外交雑誌107巻2号204頁、228頁(2008)。
ⅳ)参照、岩月前掲231頁。

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不破 茂(ふわ しげる) 愛媛大学 法文学部 愛媛大学法文学部准教授。博士(法学) 1985年大阪大学法学部卒業。1985年大阪市役所行政職。1988年大阪大学大学院法学研究科前期課程修了(民事法学専攻)。1990年同研究科博士後期課程単位取得退学。1990年愛媛大学奉職。専門分野である国際関係法の他、多様な問題についてブログを公表している。http://shosuke.asablo.jp/blog/