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一覧消費者の価格の捉え方を理解する【第2回】消費者は価格をどのように符号化するのか
白井 美由里(しらい みゆり) 慶應義塾大学商学部 教授
第2回:消費者は価格をどのように符号化するのか
第2回は、価格の情報処理過程の符号化に焦点を当てます。符号化とは、注意を向けた価格を処理が可能な形式に変換(コーディング)することです。これは、一時的に情報を保持する作業記憶(ワーキングメモリー)で行われます。数の作業記憶へのコーディングについては、3コードで構成されることを示したトリプルコードモデルがドゥアンヌによって提唱されており(Dehaene 1992)、バヌエレらが価格符号化の説明で初めてこのモデルを用いました(Vanhuele et al. 2006)。
3タイプのコードとは、例えば35という数の場合、「35」のようにアラビア数字で示される視覚的コード、「サンジュウゴ」のように音素による聴覚的言語コード、そして、これらの2つのコードから自動的に生成される「35ぐらい」「40より少し下」「30と40の間辺り」といった大雑把な量で示されるアナログ量コードです。価格を目でみる場合には視覚的コードで、音読したりテレビCMや店内アナウンスなどから音声で聞いたりする場合には聴覚的言語コードでコーディングされます。作業記憶は情報の保持時間が短く、長く保持するためには情報を意識的に繰り返すリハーサルを行いますが、その過程で視覚的コードから聴覚的言語コードが生成されるなど、視覚的・聴覚的言語コードになることがあります(Coulter et al. 2012)。こうして符号化された情報は作業記憶内で消滅するか、記憶(長期記憶)に保持されます。
ところで、コーディングには個人差があります。バヌエレらは個人差として価格の読み方のクセと音読スピードの違いに焦点を当て、それらが価格想起に及ぼす影響を分析しています(Vanhuele et al. 2006)。読み方のクセとは、例えば、137という数を英語で音読する場合、one hundred thirty-seven(7音節)、hundred thirty-seven(6音節)、one thirty-seven(5音節)、one three seven(4音節)のように、読み方(音節の長さ)が人によって異なることをいいます。
調査は、デジカメ、DVD、キャンディを対象として行われました。各製品について音節が異なる価格を2つずつ作成し、被験者には、それらを2製品または3製品で組み合わせて製品写真と一緒に提示し、続いて一製品ずつ提示する中で、黙読で覚えてもらった価格をパソコンに入力してもらうという作業を繰り返し行ってもらいました。このパソコンに入力された価格が想起価格になります。価格の読み方のクセについては、被験者が3桁と4桁の複数の価格を音読したときの音節数とし、価格の音読スピードについては1ページに45の価格がリストされたものを2ページ分音読するのにかかった時間としています。
分析の結果、価格を短い音節で読む人ほど想起価格の正答率が高くなること、および価格をゆっくり音読する人ほど正答率が低くなることが示されました。日本語でも、例えば1980の場合、「センキュウヒャクハチジュウ」「イチキュウハチゼロ」「イチキュッパ」のように複数の読み方があります。このように読み方にバリエーションがある場合には、同じ価格であっても短く読んだり速く読んだりする人の方がより正確に価格を記憶し、想起できるということになります。また、正答率はキャンディが最も低く、デジカメが最も高かったことから、価格が高くなるほど正確な想起が難しくなることも明らかにされています。
符号化では、価格の意味づけや理解が行われることもあります。一般的な意味づけは、「高い、安い」といった大きさの判断です。どのようにして高低を判断するかというと、記憶(長期記憶)から想起した基準価格、すなわち内的参照価格との比較から行います。内的参照価格は、潜在的な価格知識の中心的要素です(Jensen and Grunert 2014)。価格を意味づけする場合、価格だけでなく、ブランドネーム、販売店イメージ、買い物環境にある刺激(情報)も一緒に処理します。したがって、内的参照価格は、消費者が過去に観察してきた価格と関連する知識を考慮して想起されます(Wyer 2008)。
例えば、1万円のTシャツは、ブランドイメージから1万5千円を内的参照価格とする消費者には安いと判断され、よく購入する低価格帯のTシャツを基準に2千円を内的参照価格とする消費者には高いと判断されます。同じ価格に対する価格評価が消費者間で異なる理由には、この内的参照価格の違いがあります。内的参照価格の研究は、これまでに相当数行われていますが (Mazumdar et al. 2005)、コーディングとの関係では述べられてきませんでした。しかし、より最近では前述のトリプルコードモデルのコードの一つ、すなわちアナログ量コードとして捉えられています(Coulter et al. 2012)。
最後に、価格の符号化は処理目的によっても異なることを説明したいと思います。シアは、処理目的として「価格を覚える」「高いか低いかを評価する(価格判断)」「複数ブランド間での価格比較する(価格比較)」を取り上げ、価格想起能力が異なるかどうかを分析しています(Xia 2005)。この3つの処理は質的に異なります。「覚える」は、視覚的コードや聴覚的言語コードを記憶することです。「価格判断」は、前述した通り意味づけで、内的参照価格との比較の結果です。「価格比較」は買い物環境にある類似品の価格との比較による高低の意味づけです。処理の深さは、記憶にある価格知識を使う価格判断が一番深くなります。調査では、価格帯の異なるジーンズ、バックパック、腕時計、電卓、シリアル、シャンプー、パン、および歯磨きを対象としました。それぞれにつきナショナルブランド(高価格)とプライベートブランド(低価格)を作成し、両方を同時に見せる場合と単独で見せる場合で想起価格を測定しました。分析の結果、価格想起は価格判断が最も正確であることが示され、処理目的によって情報処理の深さが異なり、それが想起力に影響を及ぼすことが示されました。
以上をまとめると、価格の符号化は、消費者のコーディングの仕方、目的、価格知識、価格の複雑さ、価格水準、買い物環境にある刺激(情報)などによって異なり、その結果として記憶される価格知識が多様化し、想起される価格の正確さも異なってくるということになります。
参考文献
Couler, K. S., Choi, P. and Monroe, K. B. (2012), “Comma n’ cents in pricing: The effects of auditory representation encoding on price magnitude perceptions,” Journal of Consumer Psychology, 22 (3), 395-407.
Dehaene, S. (1992), “Varieties of numerical abilities,” Cognition, 44 (1 & 2), 1−42.
Jensen, B. B. and Grunert, K. G. (2014), “Price knowledge during grocery shopping: What we learn and what we forget,” Journal of Retailing, 90 (3), 332-346.
Mazumdar, T., Raj, S. P. and Sinha, I. (2005), “Reference price research: Review and propositions,” Journal of Marketing, 69 (4), 84–102.
Vanhuele, M., Laurent, G. and Dreze, X. (2006), “Consumers’ immediate memory for prices,” Journal of Consumer Research, 33 (2), 163-172.
Wyer, R. S. Jr. (2008), “The role of knowledge accessibility in cognition and behavior: Implications for consumer information processing,” In Haugtvedt, C. P., Herr, P. M. and Kardes, F. R. (Eds.), Marketing and consumer psychology series: Vol. 4. Handbook of consumer psychology (pp. 31-76). New York, NY: Taylor & Francis Group/Lawrence Erlbaum Associates.
Xia, L. (2005), “Memory distortion and consumer price knowledge,” Journal of Product and Brand Management, 14 (5), 338–347.