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韓国における元徴用工裁判と日本の対抗的措置【第1回】-国際法違反の国家行為に対する対抗立法

不破 茂(ふわ しげる) 愛媛大学 法文学部

韓国元徴用工裁判については、次の様な論点を指摘できる。①私人間の請求が日韓請求権協定に含まれるか、②韓国向け輸出規制の厳格化がWTOに違反しないか、③韓国内における強制執行に対して、どのような対抗的措置が可能か、及び④元徴用工が日本で提訴した場合の法適用など、国際法及び国内法上の問題が複雑に絡み合う。これら論点に関する国際法と国内法について解説するシリーズ連載。

国際法違反の国家行為に対する対抗立法

 韓国元徴用工裁判を巡る日韓の緊張がますます高まっている。
 
 韓国は、半導体材料などの韓国向け輸出規制の厳格化が国際法違反であるとしている。他方、日本政府は元徴用工裁判が輸出規制の直接の原因ではないとしている。しかし、この裁判が日韓請求権協定に違反しているなど、一連の韓国政府の行為が信頼関係を損ねたことが、少なくともその背景にある。元徴用工が損害賠償を求めた民事裁判が確定し、その強制執行に対して日本政府が強く抗議し、国際仲裁を要求しているところである。これに応じない場合に、国際司法裁判所への提訴が検討されている。実際に、判決の強制執行があり、日本企業に実際の損害が発生した場合、日本としては更なる対抗的措置を考慮しているとする報道があった。
 
 今回は、国際法違反の外国国家の行為に対する、日本の最初の対抗立法について紹介し、韓国徴用工裁判に対して取り得る対抗的措置について若干の検討を加える。アメリカの国内通商法である1916アンチダンピング法(15 U.S.C. §72)に対する対抗立法である。
 

1.1916年アンチダンピング法とWTO裁定

 1916年アンチダンピング法は、貿易上のダンピング行為によって被害を受けた者が、ダンピング企業に対して賠償金を請求可能とするアメリカの国内法であった(2004年廃止)。過料、拘留などの刑事罰を含む。原告は、一企業でも良いが、損害賠償を認められるためには、加害者(ダンピング企業)が、アメリカの国内産業に損害を与える意図を有していたことが必要である。そして、私人が、相手方企業に対して、実損害の3倍の懲罰的な損害賠償を請求できる。
 
 この1916年法がWTO協定に違反するとして、日本及びEUがWTOに提訴したところ、日本側が勝訴し、2000年に、1916年法のWTO協定違反が確定した(*i)。WTO協定(ダンピング防止協定)が、協定に規定する厳密な要件と、厳格な調査手続に基づき、ガットの規定する効果、すなわちダンピング・マージンを最大限とするダンピング税を賦課することのみを認めているのであり、私人による民事請求により、3倍額賠償を認める1916年法自体が、WTO協定に違反しているとされたのである。ところが、アメリカは、WTO紛争解決機関の是正勧告に基づく、2001年12月末の履行期限を過ぎても、1916年法を廃止していなかったので、勝訴国に対抗措置が認められた。1916年法のような既得権に関わる国内法を廃止する国内手続には時間がかかるものであり、漸く、2004年12月3日、1916年法が廃止されたのである。 アメリカの国内通商法がWTOに違反するとされ、WTO上、対抗措置が認められたのであり、その結果、アメリカがその国内法を廃止したという画期的な事件であった。日本とEUによるアメリカ包囲網が奏功した形である。
 
 しかし、1916年法の廃止法には、係属中の事件には廃止の効果が及ばないことが特に規定されていた。日本政府はこのことを問題視していた。後述のように、2000年3月には、東京機械製作所他の日本企業が1916年法に基づき提訴されていたからである。
 

2.ゴス社対東京機械製作所-米国事件

 アメリカ企業であるゴス・インターナショナル・コーポレーション(ゴス社)は新聞印刷用の輪転機の製造及びメンテナンスを行う企業である。このゴス社が2000年3月に米国裁判所に提訴した事件である。輪転機の外国製造者及び輸入会社が、外国で製造された輪転機及び付属品について、アメリカ国内において不法にダンピング販売を行ったとして、日本及びドイツの製造者及び米国の輸入子会社を訴えた。日本の製造者には東京機械製作所(東京機械)が含まれている。東京機械が敗訴し、2004年5月、アイオワ連邦地裁は約3,162万ドルの損害賠償および、約350万ドルの弁護士報酬を確定した(*ii)。これに対して東京機械側が控訴したのだが、2006年1月に第8巡回区控訴裁判所でも、控訴棄却の判決が下された(*iii) 。
 
 連邦控訴裁判所によると、ゴス社というのが、アメリカ国内の新聞輪転機産業における唯一の製造者であったので、ゴス社に損害を与える、または、ゴス社を破壊する意図を有するということで、米国の新聞輪転機産業に対する、損害を与える意図、ないし破壊する意図を有すると言える。そして東京機械はダンピング価格で販売していたので、ゴス社は、これにより新聞社との契約を失い、また、これに対抗するために価格を下げざるを得なかった。これにより、損害を被ったのであると、された。控訴審の係属中に1916年法が廃止されたのであるが、廃止の遡及効が規定されていなかったため、上記のような結果となったのである。
 

3.対抗立法

 この間、アメリカの1916年法により、自国企業に損害を生じる恐れがあるため、日本が1916年法に対する対抗立法を成立させた。2004年12月に公布、施行された損害回復法である。日本で最初で、これまでのところ最後の、対抗立法である。日本の損害回復法は、既に廃止された1916年法に対するものなので、時限立法であり、実質的に東京機械という日本の一企業を救済するための法制定とも言える。正式名が「アメリカ合衆国の1916年の反不当廉売法に基づき受けた利益の返還義務等に関する特別措置法」である。次の2点について規定している(*iv)。
 
 第一に、1916年法に基づき訴訟の被告として賠償義務を負った日本の企業が、原告のアメリカ企業に対し、訴訟により被った損害の回復を請求することができるとする損害回復請求権である。アメリカ企業が得た利益に、利息を付して返還することを請求できるとするもので、その他の損害の賠償も請求できるとされている。また、その企業の100%親会社及び子会社にも、これを請求できるとされているので、アメリカで訴訟を提起した企業の、100%親会社や子会社が日本にあるときは、その企業に対しても請求できる。
 
 第二に、アメリカ判決の承認・執行の拒絶である。1916年法に基づくアメリカの裁判所の判決について、わが国における効力を否定するという規定である。このような規定がないと、日本の裁判所で、アメリカ判決の承認執行が認められ、日本企業に対して強制執行が可能となり得る。外国判決承認執行制度である(民訴118条)。日本で承認執行を拒絶できる法的根拠は他にもあるが、この対抗立法により、迅速かつ確実にこれが可能となる。
 

4.東京機械製作所対ゴス社事件
-日本事件と、米国の外国訴訟差止め訴訟

 2006年の6月5日には、合衆国連邦最高裁が上訴を受理しないことを決定したので、東京機械側としては、アメリカ国内において、裁判上の対抗手段が尽きてしまった。当時の新聞報道によると、東京機械は、ゴス社に対する賠償金約44億8千万円を支払い、東京機械は、これを特別損失に計上し、2006年4-6月期の連結業績が、52億円の赤字となったそうである。東京機械は、損害回復法に基づきアメリカでの損害を取り戻し、特別損失を穴埋めする考えであった。
 
 ところが、ゴス社が合衆国連邦地裁に対して、日本の損害回復法に基づく日本訴訟の差止命令を求め、これが認められたのである(*v)。外国訴訟差止めというのは、英米法に特有のもので、嫌がらせや不便な外国での提訴ないし訴訟の継続を相手方当事者に禁じるものであり、訴訟差止命令に反すると、法廷侮辱罪という刑事犯罪に問われる強力な武器となる。
 
 東京機械側は、この訴訟差止命令の破棄を求めて、連邦控訴裁判所に上訴し、日本政府も法廷の友として、これを支持する意見を提出している。「訴訟差止命令は、国際法違反の措置により被った私人の損害に対してわが国が提供した救済措置を無効化するものであり、国際礼譲の観点からも破棄すべきである」と、していた。控訴裁判所は東京機械の主張を受け入れて、わが国訴訟の差止命令を破棄した(2007年6月)(*vi)。
 
 その後、東京機械製作所は、賠償先のゴス社(日本子会社)を相手取り、「損害回復法」に基づく訴訟を、東京地裁に提起した(*vii)。2009年に至り、日本の訴訟は和解により解決された(*viii)。東京機械が、何らかの利益を得たものと想像できる。
 

5.元徴用工裁判に対する対抗

 損害回復法について指摘すべきことは、まず、これがWTO上の対抗措置に関係している点である。1916年法は、WTOの紛争解決手続においてWTO協定違反であることが確定され、是正勧告がなされたのに、米国がその履行を怠りないし遅延したため、WTOが提訴国に対して対抗措置を承認していたのである。対抗措置について、当初、日本及びECはミラー法、すなわち、米国1916年法と同様の法律を制定する予定であったが、その手段と範囲がWTO上争われていた。対抗措置としての内容を上記のような損害回復法という対抗立法に変更したのである。1916年法により、米国内で実際に損害を被った自国企業に対して、自国内で相手国企業より取り戻しを認めるものであり、1916年法自体を廃止させる目的を持った措置ではないので、WTOに対して、再度の対抗措置承認を求めなかった。
 
 もう少し、この対抗立法を敷衍すると、国際法に反する措置に基づき、外国における裁判で賠償を命じられ、被害を受けた日本企業が、日本国内でその賠償を取り戻せるというものである。国家間の関係として、日本政府と外国政府が対峙するのではなく、私企業と私企業の間の民事裁判の形で、外国政府の国際法違反の行為により損害を被った日本企業にその損失を回復させるのである。対抗立法は、ある国の競争法その他の経済法規制の域外適用が国際法違反であるとする他国が、これに対抗する手段として制定することがより一般的である。
 
 1916年法に対する損害回復法は、外国通商法がWTO協定という国際法に反するという違法性の確定及びWTO上の対抗措置の承認が先ずあって、その国際法の明文手続に則った手段に、多少プラスアルファーされたぐらいの位置付けである(*ix)。対抗立法自体を、一般に国際法違反に対する対抗手段として、更に普遍化することは早計であろう。しかも、日本に裁判管轄があることを前提として、外国企業の財産がわが国に存在するなど、実効性に留意する必要もある。しかし、他国の国際法違反の措置に対抗する、一個の法的手段として一定の評価が可能ではあるまいか。
 
 元徴用工裁判について言えば、私人間の請求についても、日韓請求権協定において解決済みであるとするのが日本の立場である。純粋に、同協定の解釈上の問題として、国際法解釈の通常の解釈手順に従い、そのように結論されると考えられる。憲法を含めた韓国国内法に基づき、韓国裁判所が賠償請求を認めるとしても、わが国は、これが国際法違反、具体的には請求権協定の違反であるとする主張が可能である。
 
 韓国政府は三権分立を盾にとるようであるが、私人間の請求を含めて日韓請求権協定において解決済みであるとする従前の韓国政府の立場を踏襲するなら、国際法遵守義務に基づき、韓国憲法にも則り、国内法を整備するなどの方法により、対処可能である。裁判所はそのような国内法に拘束される。
 
 元徴用工裁判では、第二次世界大戦中、日本の占領下にあった朝鮮半島で徴用された人々が原告となっている。韓国訴訟の具体的な内容について、詳らかではないが、未払い賃金や過酷な労働条件に基づく身体的傷害などの賠償が問題となると予想される。私人間の、契約ないし不法行為に基づく私法上の問題である。しかし、上のような損害回復法の立法が可能か、については多分に疑問のあるところである。元徴用工事件の原告団が資力の乏しい被害者らであり、他方、被告となった日本企業は、韓国内でも利潤を獲得している多国籍企業である大企業である。日本において、元徴用工原告団に対して、その賠償の取り戻しを認めるというのは、理論的には可能であるとしても(*x)、実効性においても、正統性の見地からも問題があろう。
 
 その場合に、国際法違反の国家行為としての、日本企業に対する強制執行により、日本企業に損害が発生した場合に、当該国に対する損害賠償を、日本国が自国民のために、韓国政府に対して求めるという外交保護権の行使が考えられる。外交保護権は国家に認められる国際法上の権能である。もっとも、韓国政府がその要請に応えるとは考えにくいので、実効性の観点からはそう変わらない。
 
 しかし、少なくとも、第二次世界大戦時に、朝鮮半島において徴用された労働者としての身分に基づき損害賠償等を請求される場合に、わが国企業が任意に支払いを行ってはならないとする法的義務を課すること、及びその判決のわが国内における効力を否定する対抗立法が可能ではないかというのが、筆者の主張である(*xi)。前者は、わが国企業に対する不払いの正当化根拠を与え、その責任を私企業ではなく、国家が負うことを意味する。義務違反の制裁のない努力義務であり、韓国裁判所の強制執行により、強制的に財産が換価されることは義務違反とならない。後者は、上に述べたようにわが国における韓国判決の承認執行を阻止し、第三国における承認執行を困難にする。

 
 
 
参考文献

i )田村次朗「DS136/162: 米国-1916年AD法(パネル・上級委)」(WTOパネル・上級委員会報告書に関する調査研究報告書)(https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/3_dispute_settlement/33_panel_kenkyukai/2000/00-6.pdf)
ii)Goss Intern.Corp.v.Tokyo Kikai Seisakusho,Ltd.,321 F.Supp.2d 1039(2004).
iii)Goss Intern.v.Man Roland Druckmashinen Akten.,434 F.3d 1081 (8th Cir. 2006).
iv)経済産業省ホームページ(米国1916年アンチダンピング法に関する損害回復法について)(https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/3_dispute_settlement/32_wto_rules_and_compliance_report/322_past_columns/2005/2005-1.pdf)
  より詳しくは次の文献を参照されよ。
  廣瀬孝「米国1916年AD法に関する損害回復法の解説–アメリカ合衆国の1916年の反不当廉売法に基づき受けた利益の返還義務等に関する特別措置法(上) (下)」国際商事法務 32巻12号 1593頁(2004)、同33巻1号25頁(2005)
v )Goss Intern. Corp. v. Tokyo Kikai Seisakusho,Ltd.,435 F.Supp.2d 909 (2006).
vi)Goss Intern. Man Roland Druckmashinen,494 F.3d 355 (8th Cir. 2007)
vii)https://www.tks-net.co.jp/ir/news070810.pdf(東京機械製作所ニュース・リリース)
viii)https://www.tks-net.co.jp/ir/news090817.pdf(東京機械製作所ニュース・リリース)
ix)WTO協定との整合性について、佐藤弥恵「WTO法上の対抗的措置と対抗立法に関する一考察-as such 事案を中心として-」一橋法学12巻3号503頁、1319頁以下(2013)。通商政策上の一手段として有用性を説くものとして、横堀恵一「米国1916年反不当廉売法による損害回復法の日本における国際経済法上の意義について」帝京法学27巻2号139頁、163頁(2011)。
x )国際法違反の外国法に基づく、わが国において法律上の原因のない利得を取り戻す、不当利得の返還請求としても構成可能である。前掲、廣瀬(下)26頁参照。
xi)http://shosuke.asablo.jp/blog/2018/12/08/9010053

その他の参考文献
小林大和「二国間貿易紛争を巡る日本の通商政策の行方-「米国1916年法に関する損害回復法」成立を契機に考える」(https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0154.html)

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不破 茂(ふわ しげる) 愛媛大学 法文学部 愛媛大学法文学部准教授。博士(法学) 1985年大阪大学法学部卒業。1985年大阪市役所行政職。1988年大阪大学大学院法学研究科前期課程修了(民事法学専攻)。1990年同研究科博士後期課程単位取得退学。1990年愛媛大学奉職。専門分野である国際関係法の他、多様な問題についてブログを公表している。http://shosuke.asablo.jp/blog/