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会計と心理【第2回】

孔 炳龍 (Kong Byeong Yong) 駿河台大学経済経営学部教授

連載のテーマ:会計と心理

会計学と心理学はあまり関わりがないように思われるが,企業が公表する財務諸表(貸借対照表,損益計算書,キャッシュ・フロー計算書など)の仕組みには多くの心理的な要素を考慮した側面が見られる。今回の連載は,かような心理的な要素の紹介を目的としたものである。

第2回:財務諸表とフレーミング効果

 

はじめに

経営者が財務会計行動をおこなうことを前提に,前回では,事実解明理論を明らかにしました。伝統的な経済学では,経営者や投資者などを経済人として位置づけ,それをホモエコノミカスと呼び,合理的経済人として想定しています。しかしながら,昨今では,経済人の合理性には限定が伴うと考え,さらに,心理的側面から感情的に経済行動をおこなうという行動経済学が台頭してきました。
 
筆者は,かような限定合理性と伝統的な合理的経済人の両タイプ(実際にはもっと多くの多様性が考えられますが)を想定して,これから,日本における経営者の財務会計行動
を明らかにしていきます。
 

情報のインダクタンス

はじめに,筆者は,経営者が合理的経済人である場合に,通常,情報の受け手である投資者などのステイクホルダーがいかような情報効果を有するかを想定して財務諸表などの会計情報の開示をおこなうという情報インダクタンスを経営者が有していると想定します(※1)。
 
かような例としては,貸借対照表における流動性配列法と固定性配列法の選択や,包括利益計算書の1計算書方式と2計算書方式の選択,そして損益計算書の機能別区分と性質別区分の経営者による選択などに見られます(※2)。かような財務諸表は表現が異なるものの,情報内容が全く同じであるにも関わらず,あまりにも極端な経営者による選択数の相違が見られます。

フレーミング効果

かように,情報内容が同じであるにも関わらず,表現が異なっている場合,情報の受け手が伝統的な経済学で想定している合理的経済人であるならば,「同じ」情報として,情報効果に違いが見いだされないでしょう。しかしながら,かように著しい選択数の相違があることから,合理的経済人である経営者が,会計情報の受け手である投資者たちのすべてではないにせよ,投資者に,限定合理性の行動経済学で想定している心理的に影響を受ける経済人を少なからず想定していると考えられるのです。
 
行動経済学では,同じ情報内容でも表現が異なる場合に,異なる情報効果が生じるという仮説に,フレーミング効果というものがあります。かようなフレーミング効果の例として,Tversky教授とKahneman教授の「アジアの疫病」という研究があります。それは,「600人の命を奪う新たなアジアの疫病の発生を押さえる対策が合衆国で練られているとする。疫病を押さえる2つの代替案が提示された。この2つのプログラムを実施した結果については正確な科学的推定が次のように行われているとする。プログラムAが採用されれば,200人の命が救われる。プログラムBが採用されれば,1/3の確率で600人の命が救われるが,2/3の確率で誰も助からない。あなたはどちらのプログラムが望ましいと思うか(※3)」という実験です。この実験では,「被験者の72%がAを選択し,28%がBを選択した。」という実験結果がでています。一方「プログラムCが採用されれば,400人の命が失われる。プログラムDが採用されれば,1/3の確率で誰の命も失われないが,2/3の確率で600人の命が失われる。あなたはどちらのプログラムが望ましいと思うか(※4)」という実験では,プログラムCを選択したのは22%に過ぎず,78%はプログラムDを選択しました。この場合,プログラムCはプログラムAと同じものであり,プログラムDとプログラムBは同じです。しかしながら,プログラムAとプログラムBでは救われる命である利得を強調しているのに対して,プログラムCやプログラムDは失われる命,つまり損失を強調している点で表現が異なっているのです。

おわりに

伝統的経済学では,経営者も投資者も合理的経済人として,情報内容が同じ場合,表現が異なっていても同じ反応をすると考えられます。しかしながら,情報インダクタンスを想定した場合,経営者が,貸借対照表の流動性配列法と固定性配列法の選択や,損益計算書の機能別区分と性質別区分の選択などにおいて著しく選択数に相違が生じることは不自然です。筆者は,かような著しい相違が生じる要因として,経営者が,情報の受け手である投資者などが,表現が異なる場合に心理的影響を受けて異なる反応をすると想定して,財務諸表を選択していると考えるのです。
 
 
引用文献・参考文献

(外国文献)
・Prakash, Prem, and Alfred Rappaport, “Information Inductance and Its
Significance for Accounting,” Accounting, Organization and Society,Vol.2, no.1, 1977, pp. 29-38. 
・Tversky,A.,and Kahneman,D“The Framing of Decision and the Psychology of Choice,”Science,No.211,1981,pp.453-458.

 
 
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(※1)情報インダクタンス(information inductance)に関してPrakash and Rappaportは,送り手の行動が、 
〔送り手みずからが送り出す〕情報によって影響を受けることを意味します。 
詳しくはPrakash and Rappaport(1977)を参照してください。 
(※2)例えば,包括利益計算書では,2011年3月期決算の東証上場企業1,506社のうち,1,460社が2計算書方式で, 46社が1計算書方式でした 。 
(※3)Tversky and Kahneman(1981,p.453) 
(※4)Tversky and Kahneman(1981,p.453) 

 
 
 
 
 

 第3回はコチラ 

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孔 炳龍 (Kong Byeong Yong) 駿河台大学経済経営学部教授
東京都杉並区出身
1964年生まれ:53歳

1987年中央大学商学部会計学科卒業
1987年中央大学大学院商学研究科博士前期課程入学
1993年中央大学大学院商学研究科博士後期課程満期退学
1993年小樽女子短期大学(1999年~小樽短期大学に校名変更)経営実務科専任講師・助教授を経て
2004年駿河台大学経済学部助教授
2006年駿河台大学経済学部教授
2009年博士(会計学・中央大学)
2013年駿河台大学経済経営学部教授
2013年延世大学校経営大学客員教授(2013年8月~2014年3月)

主要業績
『相対的真実性 GSからみる会計学』MyISBNデザインエッグ社,2018年
『財務会計理論と一般意味論 地図は現地ではない?』MyISBNデザインエッグ社,2018年