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一覧科学と現実の狭間で健康について考える 【第3回】「心身」 とストレス
今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授
第3回:「心身」 とストレス
東洋と西洋では「心身」 に対する考え方が異なる
「こころ」と「からだ」の捉え方は、東洋と西洋で異なります。西洋では、「こころ」と「からだ」をmindとbodyとして全く異なる言葉で表しました。このように分けてしまうと、医学的には内科、外科、精神科といった専門分化が起こります。そして人間を細胞や分子、遺伝子にいたるまで細分化して考えるようになってしまいます。現代の西洋医学がまさにこれだと思います。
一方、東洋では「こころ」と「からだ」は「心身」(しんしん)と同じ読み方をし、切っても切れないものであると考えられています。例えば、あなたが入浴しているとして、本当に気持ちいいと感じたときに、「こころ」と「からだ」は何パーセントずつ気持ちいいと感じていますか? と尋ねられると答えられないのではないでしょうか。「こころ」と「からだ」は「心身」一つになって気持ちいいと感じているからです。
スポーツの世界でも同じようなことが言えます。例えば、野球選手がホームランを打った場合、それも満塁さよならホームランだったら、本当に心身ともに楽しく心地よいことでしょう。テニスや卓球選手がサービスエースでゲームを終了したとき、弓道やアーチェリーの選手が無駄な力を抜いて完璧な姿勢(フォーム)で無心になって矢を放ち、矢が的の真ん中に命中した時など、「心身」ともに最高の喜びを感じることでしょう。このように「心身」は切っても切れないものですが、互いに影響し合うものでもあります。例えば、心が落ち込むと体に影響して、姿勢が悪くなり、もっとひどい場合には病気になることもあります。一方、体をケガした場合は、心も落ち込んでしまいます。しかし、ケガが治り、体調が良くなれば、またやる気も出てくるでしょう。このように「こころ」と「からだ」が互いに影響し合うものだと捉えると「こころ」をコントロールすることによって「からだ」をコントロールできるし、「からだ」をコントロールすることによって「こころ」をコントロールできると考えられるのです。
ストレスは身体的なものと心理的なものに分けられていますが(表1)、「心身」を切っても切れないものと捉えるのなら、身体的ストレスは心理的ストレスになり得るし、その逆も成り立ちます。どのような問題が個人にとってストレスになるのか、というのは個人の問題であり、一概に言うことはできません。私にとって大きなストレスとなるのは人間関係の悪化です。
科学と現実の狭間で健康について考える
科学的に調査された健康習慣があります(Breslowの7つの健康習慣)。「① 喫煙をしない、② 定期的に運動をする、③ 飲酒は適量かしない、④ 1日7~8時間の睡眠、⑤ 適正体重の維持、⑥ 毎日朝食を食べる、⑦ 間食をしない」というものです。これらの7つの習慣の内、Yesが3つ以内と6つ以内では、死亡する年齢に11年の差が出ると言うのです。
健康を維持するには、これらの健康習慣を守るのは重要だと思われます。一方、よく笑うと、免疫の一つであるナチュラルキラー細胞(がん細胞やウイルス感染細胞などを発見すると、真っ先に、単独で攻撃します)の働きが高まることが科学的に報告されています。また森林浴をしていると同じようにナチュラルキラー細胞の働きが高まることが報告されています。しかし長年に亘ってよく笑い森林浴をしている人が、健康を維持でき病気に罹りにくくなるかどうかはあまりよく分かっていいません。そういう証明をするには、数十年に亘ってよく笑う人が病気になりにくい、森林に住んでいる人が長生きするといった証明が必要だからです。たとえ田舎に住んでいる人が長生きしていたとしても、食物がバランスよく手に入るかどうか、よく身体活動をしているかどうか、適正体重を維持できているかどうか、飲酒は適量か、喫煙率は低いのか高いのか、といった様々な因子と森林浴あるいは笑いと区別しにくいので証明するのが難しいのです。
五木寛之さんは、自分の足の指に名前を付けて、夜、寝る前に感謝をこめてそれぞれの指の名前を呼びながら優しく揉みほぐそうです。私は感謝するという行為は健康にいいと信じています。ただそれを科学的に証明するには、よく感謝する人があまり感謝しない人よりも長生きする、あるいは何らかの方法でより健康的であるという証明をしなければなりません。そんなことを本当に証明できるでしょうか? 私はそんな調査や実験をする必要はないと思っています。私たちは科学的に証明された健康と現実社会で良かれと思われる健康の狭間で生きているのです。
やはり人と人が感謝し、共感し、共鳴し合えるといのは人の心を豊かにし、健康にすると信じています。
参考文献
・今村裕行他:イラストスポーツ・運動と栄養―理論と実践―.東京教学社, 2020.
・今村裕行他:イラスト健康増進科学概論.東京教学社, 2008.
・岡本一志:幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く.一万年堂出版, 2012.
・佐々木敏:Evidence-based Nutrition. 臨床栄養別冊, 医歯薬出版, 2001.
・進藤宗洋、田中宏暁、田中守(編):健康づくりトレーニングハンドブック.朝倉書店, 2010.
・中坊幸弘、木戸康博(編):栄養科学シリーズNEXT 応用栄養学.講談社サイエンティフィク, 2018.
・和田秀樹:自分は自分 人は人.新講社, 2012.
・Breslow L, Enstrom JE:Persistence of health habits and their relationship to mortaliy. Prev Med. 9(4):469-483, 1980.
・五木寛之さん 足の指に名前付け感謝/人はカラダと二人連れ https://plaza.rakuten.co.jp/uekiya3rd/diary/202002140001
表1 ストレスの種類