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グローバル化時代と英語力【第3回】――英語は何が難しいのか(2)

中田 康行 (なかた やすゆき) 芦屋大学 臨床教育学部

英会話力とは何かという問題から説き起こし、英語学習を難しく思わせる同形異品詞、同形多義性、同形多機能などの問題を具体的に紹介し、文(法)構造への習熟の重要性を示唆した。また、英語の聞き取りとの関連で、聞き取りにくい音、さらに聞き取り力のベースには文構造把握力と習熟が深くかかわっていることを論じた。

3 英語は何が難しいのか(2)

 

1. 同形異機能(動詞の活用形の場合)

 同形異品詞のような事情は単に単語の場合のみの問題に留まらず、実は動詞の活用形(例えば~ing形)の場合にも生じて来ることは想像に難くないし、現に幾つもある。次に一例を挙げておくとしよう。
 
1a.  We’ll be stopping at Kyoto, Nagoya and Shin-Yokohama before arriving at Tokyo
Terminal.(東海道新幹線の車内案内)
1b.  Those passengers using a one-day pass, simply show the date of your card to the driver from the second time when getting off the bus.(京都市バス内の案内)
 
 問題は1a.と1b.の~ing形である。意味さえ正確に分かれば、ことさらそのような問題に神経を注ぐ必要はないのかもしれない。現にネイティヴ・スピーカーは恐らくこの~ing形が現在分詞、動名詞のいずれかなどといった問題に先ず関心は払わない。
 
 1a.の場合、before we arrive at Tokyo Terminal.という副詞節に書き換えることが可能である。この場合のbeforeは接続詞である。しかし、beforeは前置詞としても用いられる(同形異品詞)。たいていの辞書には、先ず前置詞としての用法が記されていることからも伺えるのだが、before arriving at~の場合のbeforeは何となく半無意識的に前置詞だと捉えられている可能性が高い。とすると、この場合のarrivingは動名詞となる。逆に1b.の場合は、when you get off the busという書き換えが可能である。whenは、この場合、接続詞であるのだが、whenには前置詞の用法はない。従って,1b.のgettingは動名詞ではなく、現在分詞である。このような微妙な問題はいったい何が問題なのかと訝しく思う向きもあるだろう。確かに、このような英語学的な論理の問題は、それを理解し認識できた学習者の知的好奇心を満たすことや、他人に多少専門的な文法論を説き聞かせる程度の意味しかないように思われるかもしれない。
 
 1b.に関して重要な問題はgettingという「現在分詞」が「be+~ing」形式の場合のように「~している途中の」といった意味(進行中の動作)を表す使われ方ではないということを正確に理解・認識しているかどうかである。~ingは常に進行中の動作を表すとは限らない。そのことは1bの書き換えられた副詞節を見ても明らかである。when you get off the busという副詞節からyouが省略されたwhen get off the busは、そのままの形では文としては許されないので、形式的にgetがgettingという現在分詞に変えられたのである。言ってみれば、この場合のgettingは文法形式上の制約によるものであると言える。不用意な学習者は、このようなことが十分に飲み込めないままでいることが多く、どのような場合も~~ingが「~している途中の」といった意味だと思い込んでいるのかもしれない。
 
 以上のような構造の理解や文法意識無くしてどうして英語に自信が持てるのであろう。従って、1a.や1b.のing形が動名詞あるいは現在分詞のいずれであれ、そんなことはどうでも良い、と言って退けられる者は、そのような問題にことさら神経を尖らせる必要がない程度に英語の文構造や様々な語彙的・構造的制約などに相当程度に習熟している者でしかない。
 

2. 同形異解釈の問題

 前段落までは主に単語や、その派生形式(~ing形)の問題を提起し、そのような問題を意識することの意味を示唆したが、ここからは、そのような問題(同形異機能というべきか)が、実際には語句や文全体に及ぶという問題を提示したい。先ずは、語句レヴェルの問題から始めよう。
 
 さて、次の2aと2bを見て頂きたい。
 
2a.  Can you see the book on the desk?
2b.  I put the book on the desk.
 
 2a.ではon the deskは形用詞的に機能し、「机の上の本」と解釈されるが、2b.では副詞的に機能し、「机の上に本を置いた」という解釈になる。以上のような簡単な例であれば、たいして難しくはない。
 
 しかし次のような文法構造に関わる事例はかなり難しい。
 
3. A: I saw the young American woman and her daughter, coming out of the toilet.
  B: I would never think there is room enough for the two of them.
  A: No silly! I mean I was coming out. They were waiting.
 
 この例でAの一回目の発言に出て来るcomingという分詞が問題である。Aは自分がトイレから出て来た時という意味で言ったのだが、Bはそうは解釈せずに、the young American woman and her daughterがトイレから出て来たと思ったのである。それ故、Aは二回目の発言で、自分が出て来た時だと説明している。このような問題は専門的には曖昧性(ambiguity)と称されている。問題はcomingの論理主語が二通り考えられるということである。Aの一回目の発言の最初のI、またthe young American woman and her daughterのいずれとも考えられるところに曖昧さが生じる原因がある(ちなみに曖昧さは聞き手の側に生じる解釈であって、発言者の側でない)。
 
 さて、次の例はもっと難しいかもしれない。文頭のitの解釈次第で、三つの解釈が思い浮かべられだろうか。
 
4. It is too hot to eat.
 
 一つ目の解釈はitが天候を示すと解釈される場合であり、気温が高くて(食べ物の如何に拘わらず)食べる気分ではない、という意味である。二つ目は食事の場面で、出されたものが作りたてで熱過ぎて食べることが出来ない、といった意味である。三つ目はitが犬(か何か生き物)で、走り回っていて、犬小屋に帰って来たばかりであるような場合、犬は口を大きく開けてハアー、ハーと息を切らしている。そのような状況下では、たとえ餌を与えられたにせよ、犬はしばし体調が通常になるまで食べることは出来ないだろう、といった解釈が可能である。
 
 以上のような解釈の幅があることを同形異解釈と考えることが出来る。以上、三つの解釈を示したが、その統語的根拠は専門的関心事であるから、ここでは立ち入らないが、このような問題も英語を難しいと感じさせる原因の一端であるのだろう。

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中田 康行 (なかた やすゆき) 芦屋大学 臨床教育学部 40年以上にわたり大学の学部・大学院で英語学(統語論、意味論、さらに文法理論)を中心に教鞭をとる。 最近は、社会言語学、言語習得理論、語用論を中心に言語の多様な問題を研究している。 英語教育の領域をも研究の中に組み入れた最近の著述に『応用英語学の研究』(2019)、『英語実践力獲得への道』(2016)などがある。